浦塩ストク

浦塩ストク

@urajios.bsky.social

またの名をほるむ崇徳 内容は割と東方寄りです https://stok33.github.io/

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神主が気取った言葉を使わなくても平易な言葉だけでも世界と少女のつながりを表現できる様になった、のかもしれない…

東方の「恋」という言葉について考えていたけど、「世界は可愛く出来ている」の「可愛く」の部分に初期東方で「恋」が象徴していた概念と近いものを感じはじめている 表現は多少丸くなったといえど根っこの部分は意外と変わっていないんじゃあないかな 少女の幻想を宿した世界は当然、可愛くできている

東方初期作品に特に多い妖・夢・幻とかいうのが世界の側にある幻想の性質を示すワードなら、恋は少女たちの側が持っている幻想の性質なのかなって そう考えると「想」もそっち寄りかな 夢や幻だと背景や世界の説明寄りになるけど、夢想や幻想になったら夢や幻を想う主体がいるはずだから

自分はこんなやつだっただろうか 確かにずっと考えていた気はするけど、ここまで表に出すほどの衝動があっただろうか 錦上京が僕のすべてを破壊したそんな気がした…かもしれない でもたしかに錦上京あたりでおかしくなったかもしれない 神主の感性にあてられすぎてトドメがあの作品だったんだ つまり、そういうことなのか?そういう(略

愛じゃなくて恋なのがいいのよ ずっと主観的で不安定で危なっかしくて妖しくて、可愛い好奇心 それを少女とも呼ぶのよ (なんかチョットキモイ

初期の東方によく使われる「恋」というワード より一般的な誰か二人の関係性をしめす言葉という感じではなくて一人の少女の幻想的な輝きを表す言葉のように感じられる使い方が、好きなのですょ

東方キャラの解釈を色々見ていると、なんとなく、「設定からキャラの人格を逆算する」ような方法を取ると原作の雰囲気から離れていくように感じる

ご存知の方はかなり少ないと思いますが崇徳さんは本来めちゃくちゃに獣耳尻尾好きの者です キメラ人外感に惹かれるのだ

学校もない、親もいない、どうやって生きているのかよくわからない、それでも少女は少女たり得る そういうえがき方が好きなんですよ

背景(単色でも)付きの絵を気軽に描けないのはアナログの難点 その分インクが大量に必要になるので、ストックが潤沢でない金欠者には…

なんかこう「そういうの」を見てきた経験があるからか、顔のパーツとかが崩れてる絵を書いてネットに投稿したらデッサン狂ってると指摘されるのが怖いなという薄らな思いで必死にラフを修正しまくっているけど、実際のところ絵を見て良いなと思うものの多くは多少デッサンが狂っていようがむしろその癖が魅力だったりするので、自分はどうしたら

そもそも、なにかしら理由をつけなきゃ説明がつかないほど、原作のその子の描写はそんなに不自然なのか?という問いを常に持っている

自分の作品に対する思想というか解釈というかはあまり文字に起こすとこんな感じで圧が強すぎるので粛々と作品を作ることに費やしたい所存です(があまり作品から滲み出てこないのでなんとも

自分の思想を書いておくとするなら、東方キャラの言動に全部演技だったは乱暴すぎると思っている 演技だったということにして無理やり辻褄合わせをしようとしてない?一律の理由と論理だけで成立するキャラ造形じゃあないと思うの(強火失礼)

本当はアコーディオンを入れたかったのですけれど音源にアコーディオンの音が入っていなかったので悲しみの限り

昨日進捗投稿した曲でひたすら使っているのはアンダルシア進行というらしい(あってる??)のですがあの流れがかなり好きらしいということがわかったのでそれ系の曲でまとめた二次創作CDとか出せたらいいですねとか夢に見ています …いや何曲もぽこぽこ作れないからほんとうに夢でしかないですが

スパニッシュな方のラテンぽい曲にしようとしたのにいつの間にかパーカッションの影響でチャカポコしたラテンアメリカの方のラテン曲っぽくもなってしまったのでまあラテンの香りの曲ですたぶん でもカスタネットは譲れない

仮置きでそれっぽいコードひたすらループしてるけど、これだけで情熱と哀愁の香りがする 他愛も無い二人の博物誌はこういうアレンジに合うと思っていたのはやはり間違いではなかった https://soundcloud.com/stoksann/2026-10-12-14-57-02?si=1b09395f614047ab8c68a6d3c10792ae&utm_source=clipboard&utm_medium=text&utm_campaign=social_sharing

soundcloud.comたあいもないふたりのアレンジ(進捗)コードとか仮置きだけど割といい感じ

自分がどういう面持ちで東方二次創作に向き合っているのかを考えた結果、あまりに強火すぎて沸騰して蒸発してしまった状態なのだとわかった

太眉が好きすぎるとかそういうわけではない(好きだけど)のですが、描かないと物足りないんですよ 欠乏すると困るもの

自分用に作ったグッズを持っていると、そのキャラのグッズを全部の勢いで集めてる人の祭壇的なものの写真が投稿されていたときに自分のは当然入っていないわけですがそこで非常に優越感を覚えられます(微妙に嫌な奴

東方には、「キャラクターがそこにいる以上、当然存在しているはずだが、わざわざ取り出して描かないので無いに等しい状態になっている部分」が非常に多いと思う

同人活動をしたい気持ちと作品をちゃんと作り上げたい気持ちなどが独立して存在してしまっているので噛み合わない